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COMMANDANT

Author:COMMANDANT
ラジオのディレクター、
自動車学校の教官・・など
変わった経験を持つ、
お気楽な30代。旅行に行くために
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まずは会社の過去2年分の決算書を見せ、現在
(その当時)の経営状況が悪いこと。人口統計から
少子化により免許取得人口がはっきり減少すること。
公安委員会の資料より、どこの自動車学校も同じ
状況だということを、例えば、年配の教習生に補習を
受けてもらう時、生徒が「先に進めてください」と
言わせないのと同じぐらい理路整然に話し、隙を
一切見せなかった。

父親は黙って僕のいうことを聞いてくれたが(というよりか、
僕のする事に関しては、昔から放任主義)やはり母親は
納得していなかった。心配なのはわかるけど・・・。

そんな時、強い味方が現れた。それは毎月、家に集金に来る
J銀行のHさん。

たまたま集金に来た時、僕は会社に行っていたので
詳細はわからないが話の流れで、僕が会社を辞めて
留学する話になったみたいだ。

このHさん年齢は僕より2つ上でアメリカに2年間
留学した経験を持つ。Hさんが留学したのは学生時代だったが、
やはり両親には反対されていた。そんな時Hさんの両親が
別の人に「何とか留学しないよう説得して欲しい」と頼んだが、
その依頼された人は断ったという。逆に「若いうちに外に
行くことはいいことだから、許してやったらどうだ」と
説得してくれたそうだ。そしてその時、アメリカに行って
本当に良かった事を、うちの母親に話をしたみたいだ。

後日、Hさんが「僕と直接話しをしたい」と、わざわざ
仕事中に時間を割いて(半日も)相談相手にもなってくれた。
「もしこの人がいなければ、気持ちよく留学できなかった
かもしれない」と考えると、人と人との出会いって本当に
大事なんだなぁと、身にしみた出来事だった。

また僕がフランス留学中も日本国内における法令上の手続は、
このHさんが全てかって出てくれた。現在このHさんは、
別の支店に異動になり支店長代理をされている。
この場を借りまして、Hさんその節は本当に
ありがとうございました。




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作戦をたてる

学生や年齢の若い人が「留学したい」と言えば、
反対されるかもしれないができる確率は高いだろう。
でも僕の場合は、世間一般的に30歳を過ぎていて
普通なら結婚して子供がいてもおかしくない年齢なのに
(僕はこう言われるのが一番嫌い!『人は人、自分は自分』)、
まして「会社を辞めて留学する」と言ったら家族は
どう言うだろうか。正直言ってこれが一番のネックだった。
例え反対されても、もう子供じゃないんだし
金銭的準備はできていたので渡仏するつもりでいたが、
渡仏してしまってからどうしても日本でしておかないと
いけない手続きがあり、家族に頼むしか方法がなかったので
留学の同意を得る必要があった。

さあどうしよう。教習所がすでになくなっていれば
話が早いのだが、まだ存在している。この時ちょうど4月。
10月からの新学期に間に合うよう準備するには、そろそろ
タイムリミットが近づいていた。「もうこれは理詰めで
行くしかない」そう考えた。タイミングが良いことに、
教習所の上期の決算書が手元に回ってきた。
「これを使おう」そして公安委員会からの各校所の
卒業者数の推移の資料を使って説得を始めた。




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決断の時

8年目の春に決断の時がやってきた。自動車学校の
教官になった時は「これで制度(教習所の)が
なくならない限り将来は安泰だ」と考えていたが、
誤算があった。それは少子化。少子化が進むと単純に
会社の収益が下がり、また生徒獲得のために料金の
ダンピングが起こる。「では何をすれば・・・」と
なるのだが、普通こういう事は経営者が考えることなのだが、
うちの経営者はのん気に構えていた。その時たまたま決算書を
見る機会があり、自分なりに分析し、付近の人口増加率を
照らし合わせたところ「今すぐつぶれる事はないけど、
5年先、10年先となると、はっきり言ってもたない」と判断。
仕事自体に何の不満もなかったが、辞める事にした。

「では次は?」となるのだが、「別の自動車学校で」と
いうこともできるのだが、同期の他校所の教官の話や、
年に一度公安委員会から出る各校所別の卒業者数の資料から、
現状はどこでも同じだった。仮に転職するにしても、教習の傍ら
事務作業もしていたといえ、このスキルではどこも雇っては
もらえないだろう。

そこでフランス人の友達に「こんな時は・・・」と相談してみた。
すると「日本人は働きすぎだから、一度じっくり
頭を冷やせばいいんじゃないか」「めったに長い休暇も
取れないのだから」と。「考えてみればそれもそうだなぁ」と
なぜか納得してしまった。また当時読んでいた本で
スロー・トレインに乗っていこう」秦隆司 著 
KKベストセラーズ」がある。「日本では、ある時期に
すべき事をしなければ人生において不利になるシステムがある。
でも僕(作者)は好きな事をして、好きなように生きている。
もし、自分の生き方に迷いや、好きなことをするのに
一歩踏み出せないなら、何かを始めるきっかけに
してもらえたら」という内容で、正にこの時の
自分の状況に合致し、この時初めて「留学」という
二文字が頭の中に浮かんできた。




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効果の確認

・・・といえば聞こえはいいが、要は使ってみたいので
旅行に出かけるのだ。自動車学校というところは学生が
長期の休みに入ると極端に忙しく、長期の休みが取りにくい。
ただGWは、春休みに生徒が集中した分すごく暇だし、
年末年始は時期的にまだ早いためか
(春休みにとる人が多いから)
比較的取りやすかった。1年で2回の海外旅行。
GWはパリ+他の国、年末はパリ+フランスの地方都市という
形をとっていた。

そんなある日、旅行中の機内で友達ができた。その人は
エールフランス(以下AF)のスチュワートで、その時
たまたま僕が座っていた所の担当の人だった。
食事の時間になりフランス人2人組みでのサービス。
当然、僕は「日本語はわかってもらえない」という考えがあったし、
めったに使えないフランス語を使うチャンスだったので使った。
するとその人はなんと日本語で対応してきた。「フランス語が
わかるのですか?」と聞かれたので「Oui(はい)!」と答えると、
もう一人のオテス(スチワーデス[今はCAって言うんですよね])が
フランス語で、何かいろいろ食べ物や飲み物を勧めてくれた。
その時はそれで終わったのだが、大阪-パリ間の飛行時間は
平均して11時間30分。狭い機内、当然することもなくなってくる。
席を立ちトイレに行こうとした時、その人がギャレー
(調理場)にいて声をかけてくれたので、そこで20~30分ぐらい
話し込んだ。飛行機がパリに近づき着陸態勢になった時、
わざわざ席まで来てくれて「よいご旅行を!」と言ってくれた。
着陸後、その日の乗客数が少なかったこと、また席が
後ろの方だったことに加え、その日の最終目的地がスイスの
ジュネーブで、乗継まで3時間もあったので急がず
ゆっくりしていた。降機する時に、その人を見つけたので今度は
僕が声をかけて「もし、今度大阪に来る時があったら、
家に遊びに来てください」と言ってメールのアドレスだけ
教えておいた。

その旅行から帰ってしばらくして、その人からメールがあり
「1ヵ月後に大阪にフライトがあるので・・・」のことだったので
家に泊まってもらい、僕の高校時代の親友が京都に
住んでいたので翌日3人で京都見物に出かけた。

それ以来、今でもメールのやり取りは続いており、お互いに
行き来する時は連絡はするようにしている。

でもこの時点でもまだ、フランスに留学しようとは想像も
考えもしてなかった。




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リスタート

これがオススメ単語帳!再スタートするにあたり、まず何をしなければならないかを考えるまでもなかった。語彙を増やすこと。大きな本屋に行き単語帳を見て回ったが、英語に比べると種類が少なく、また「パッ!」としたものもなかった。そしてある日、たまたま偶然入った小さな本屋に、ツボにはまった単語帳を見つけた。「語尾からの配列による 基礎フランス語単語集 加藤林太郎著 白水社」この本の優れているところは、動詞のPrendreを例に挙げて説明すると・・

prendre(取る)に前にreをつけると
re prendre(再び取る、取り返す)になりcomをつけると
com prendre(理解する)、apをつけると
ap prendre(学ぶ)、surをつけると
sur prendre(驚かす)になる。
*空白は説明のためあけています。
何をいいたいのかと言うと、語尾が同じなら動詞の活用が同じなので覚えるのが楽だという事。

単語帳は1日1ページ、時間内に早く覚えられてもそれ以上はせず復習に当て、ラジオは入門編のみをテープに録り1週間のうちの1日を聞くことに当てた。

時期的にNHKのラジオフランス語講座が始まるのと重なり、通勤時間のうち電車に乗っている約40分、往復80分を使って勉強することにした。講師は大木充、ジョルジェット河合、シルヴァン・カルドネルの3人で、入門編は長い間続けたが一番わかりやすく、今でもゴールデントリオだと思っている。先日、某掲示板に「応用編で大木先生復活してもらえないかなあ」と書き込みがあったが、僕もその意見には大賛成!

これを1年間続け、単語帳をひととおり済ませたころには、大学でフランス語の教授が言ったたことが6年かかってやっとわかった。(時間かかりすぎ!)

ちなみにこの単語帳、今でも愛用しており、かなりボロボロになったので新しいものに買い換えようとしたのだが、あらゆる本屋さんに問い合わせたが在庫がなく、挙句の果てに出版社まで電話したが「市場に出回っている限りで、重版(再出版)の予定がありません」と言われた。せっかくいい本なので再発行してもらえないですかね~白水社さん・・・




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旅行から帰り

旅行から帰ってきて「本当に語学を勉強するか?」は
流動的なものだった。ただ僕の性格からして、一度
決めたら最後まで・・・という意志の強いところはあった。
でも友人からすれば「俺も頑固だけど、お前の頑固さには
負ける」とか、以前付き合っていた人と手相を見て
もらった時「あなたはそんな顔をしているのに、かなり
頑固やね」と言われ、ふと横を見ると「その通り!」と
言わんばかりうなずいていたのを見ると、僕はかなり
頑固なのか?いや、「物は言いよう、考えよう」なのだ。

実際ラジオの仕事をしていた時、皇太子様と雅子様の
婚約がニューヨークタイムス?(だったかな)にスッパ
抜かれ、宮内庁がこれ以上隠しきれないと判断、
「午後8時50分を持って報道解禁」という一報を受けた。
その日はスタジオの準備をしていたのだが、当然
聴取者よりかは早く知っていた。これは報道各社の
協定に基づくものであったが、言い方を変えれば
「情報操作」ともとれる。それとよく言われるのが
「演出」と「やらせ」の違い。この基準は何なのか?
どちらにしても数字(視聴率)を取るための行為なのに・・・。

それと同じで、僕はただ意志が固いだけなのだ。

とりあえず、なぜ英語でなくフランス語なのか?
フランス語は大学時代嫌いだったが、英語はもっと
嫌いだったのと、その当時読んでいた本「邱永漢
(きゅうえいかん)著 付加価値論Ⅱ PHP文庫」で
「付加価値を持つことは・・・」と書いてある。英語を話す
人間は多いけど多言語を話す人間は少ない。
再出発するのなら、全く知識ゼロの言語を勉強するよりかは、
少しでも経験のあるほうが有利と考え、英語ではなく
フランス語を勉強しようと決めた。




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